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選手反省集

​日本選手権2025

​反省

2453.Re: 2025日本選手権反省

名前:櫻井唯①    日付:2025/11/3(月) 1:51

たくさんの応援ありがとうございました!当日はもちろんですが、ここに来るまで支えてくれたみなさんに本当に感謝の気持ちでいっぱいです!ありがとうございました!

以下、せっかくの機会なので自分語りです。痛くて恥ずかしくなるので閲覧注意。
長すぎるので目次書きました。
1. 日本選手権を目指したきっかけ
2. 日本選手権までの1年間
(1)3年の冬~孤独な距離積み~
(2)4年の春~メンブレ~
(3)シーズンイン~全然速くなってない~
(4)4年の夏以降~みんなに感謝~
(5)インカレ・青森スプリント~日本選手権出場権獲得~
(6)本番まで
3.レース展開
4.感想
5.次の目標
6.みんなに言いたいこと
7.感謝表明


1. 日本選手権を目指したきっかけ
3年前の日本選手権を見ていた時、自分には関係ないものだと思って、憧れることさえなかった。初めて日本選手権に出たいと思ったのは2年前の東京自走で、辛すぎてもうやりたくないから日本選手権に出たいと思った(は?)。翌日の日本選手権では、その年からクオリファイポイント制度が導入されたことによって、前年よりたくさんの選手が出ていた。その中にはインカレで自分と同じパックだった選手も2人いて、その二人はインカレで取ったポイントだけで出場を決めていた。「脚が速くなれば自分も日本選手権に出られるかもしれない!」と思って、3年生のときはインカレでポイントを取って日本選手権に出ることを目標にしていた。結局3年のインカレはボロボロだったけど、プレ国体でポイントが取れて、日本選手権が見えるところに来た。でもあと1枠のところで出場することができなかった。


2. 日本選手権までの1年
(1)3年の冬~孤独に距離積み~
日本選手権に出ることだけを考えてひたすら練習した。
脚が速い人が毎週60キロ走ってると聞いたら、自分も60キロ、1番多いときは75キロ走った。外乗りだけじゃなくてローラーしないと速くならないって翼が言ってたから、週2でローラーもした。スイムもできるだけ自主練するようにした。幹部だったときは部練だけ集中してやって、自主練なんてほとんどやってなかった。だから、量をたくさんやるようになったら幹部のとき以上にすごく速くなるんだろうって信じていた。
たくさんの量をこなすことが一度できてしまうと、それができないときに過剰にストレスがかかって、不安や焦りでいっぱいになるようになった。疲れた体で何度も止まりながらキロ8で走ったり、風邪をひいて距離が積めなかった週の日曜日の夜に泣きながら走ったり、とにかく量をこなすのに必死で、意味のないことをたくさんしていたと思う。ちょっと狂ってた。
一方部練では同期がいなくなり、1人になることが増えた。コミュ力と自意識が終わってるせいで後輩に話しかけても上手く話せている気がしなくて落ち込んだり、岩沼や今泉から帰るときに「混ぜて」って言えなくて1人で帰ったりした。同期がいても特別話すことはなかったと思うけど、同期がいないとなんとなく肩身が狭くて、部活に行っても自分の居場所がない感じがして楽しくなくなった。幹部のときはみんなと一緒に練習できることが本当に楽しくて幸せだと思っていたのにそういう気持ちもなくなって、早く辞めたいと思うようになった。澤村さんに言われて意識しだしたアジアカップと、日本選手権に4年生で出て、それで引退しようと決めた。
たくさん練習した中で迎えたデュアスロンは大した成績も残せずガッカリした。

(2)4年の春~メンブレ~
4月になって研究室や新しいバイトが始まったり、院試への危機感を持ち始めたりした。新しい生活との両立は慣れなくてしんどかった。アジアカップに出るためには5月の認定で16級をとらないといけなかったのに、そのときのラン力では間に合いそうになかった。M1になったらもっと忙しいから今年で全部終わらせなきゃいけなかったのに、アジアカップ出場が達成できないとわかって絶望した。シーズンに向けて練習の質も高めていかないといけないのに、新しく両立しないといけないことが負担でいっぱいいっぱいになって、パンクした。とにかく少し休みたいと思った。自分はオフを取ることが怖くて、部練休みのときもずっと練習し続けていたから休んだことがなかった。でも、冬にちゃんとリフレッシュしてメリハリをつけている人と、ダラダラと続けて結局シーズンインのタイミングで休みたくなっている自分を比べて、自分って愚かだなあと思った。でも限界だったので一度オフを取ることにした。1週間休んで、その期間で自分の気持ちが良い方向に変わればいいなと思った。結局1週間経ってもトライアスロンを辞めたい気持ちは変わらなかった。でも、ここでやめたらトライアスロンが嫌な思い出で終わるから、良い思い出にしてからやめたくて、練習を再開した。
それからは真依さんや瑞樹さんの教えに従って、一つ一つの練習の質を大切にして、疲れているときはしっかり休むようにした。ちょうどシーズンに向けて練習の強度が上がっていったこともあり、それがしっくりきた。自主練で距離が積めなくても、ローラーができなくても、自分を責めないようになった。研究室やバイトにも慣れてきて、元気になってきた。


(3)シーズンイン~全然速くなってない~
シーズンが始まってからは、納得のいく結果をどの大会でも残すことができなかった。冬の間あんなに練習したのに、全然速くなってないと思うと無力感があった。頑張っても結果が出ないのがしんどくて、毎回のレースの度にまたダメだったという感情をもつことが苦しくて、日本選手権のことなんか考えずに楽しくレースできたら楽なのにな、早く解放されたいなと思っていた。日本選手権に出られなくても今年で引退しようと思った。

(4)4年の夏以降~みんなに感謝~
夏休みくらいから、後輩と一緒に練習する機会が増えた。一緒にブリック走ったり、岩沼から帰ったり、自主練したり、そういうのが自分にとってはとても嬉しくて、本当に嬉しくて、楽しかった。ありがたいなと思ったし、この子たちが困っているときは自分が支えたいと思うようになった。自分がいろんな人に支えられているんだなと気づくことが増えた。思えば、冬や春のしんどかったときも、1人でいればくまさんが声かけてくれたり、真依さんや犬井さんが相談に乗ってくれたり、先輩にたくさん助けてもらっていた。37代はみんなすごく忙しそうなのに、それでも時間を作って練習している姿を見ると自分も頑張ろうと思えたし、後輩に気遣ってくれるところもすごくかっこよくて、ありがたい存在だった。この3年半、特に最後の1年間はふるこうの言う通り本当に自分のことしか考えていなくて、自分が日本選手権に出ること以外どうでもいいと思っていた。だから、ここでやめたら自分のことだけで終わっちゃうな、と思って、もう少し自分も周りの人に還元してから終わりたいなと思って、トライアスロン続ける気になった。

(5)インカレ・青森スプリント~日本選手権出場権獲得~
そうして迎えたインカレではまたポイントは取れなかった。青森のポイントだけで日本選手権に出るのは厳しいと思っていたからインカレ終わった時点で日本選手権は半分諦めていた。だけど、青森に行く道中でそうちゃんが、「エール考えないとなあ」とか、「お台場期待してますよ!」とかたくさん言ってくれて、自分は諦めていたけどまだチャンスがあると期待していてくれる人がいるならちゃんと頑張ろうと思った。青森スプリントでは、ランの半分の地点でポイント取れるかぎりぎりで、そこでペースを落としたり、先頭がペース上げたりしたらポイント取れないという感じだった。そのとき、この1年間辛いときも必死に走った記憶が走馬灯のように流れてきて、「あんなに頑張った自分をこの2.5キロの怠けで裏切りたくない。あのときの自分にご褒美をあげたい」という気持ちになって、ペースを上げることができた。
たくさん走ったことでめちゃくちゃ脚が速くなったわけでもなかったし、質の高い練習をしていたほうがもっと速くなっていたかもしれないけど、あのときあれだけ頑張れた経験は自分の中で大きな自信になっていて、最後には背中を押してくれるものになっていた。ゴールして、ポイントが取れたと分かった時には、1年間走り続けた自分がやっと報われた気がして、あのとき苦しんだ自分を褒めてあげたくなった。


2454.Re: 2025日本選手権反省

名前:櫻井唯②    日付:2025/11/3(月) 6:32

(6)本番まで
日本選手権では完走が危うい立場だったので、スイムとバイクに重点を置いて練習した。スイムはローリングができるようになったら劇的に伸びた。だけど、OWではローリングはあまり意識しないから海での泳ぎはあまり変わらないよなあという見立てだった。
バイクはとにかく量を乗っていればその期間だけ速くなるということが経験則だったので、ローラーをたくさんした。ローラー中は過去の日本選手権の中継を見てイメトレした。あとは、お台場のコースに合わせて技術練もたくさんした。
ランは、インカレ前から高強度のポイント練があまりできていなくてVO2MAXがどんどん下がっていってたから不安だったけど、優先順位は低いので焦らないようにした。
レース3日前の国見でOWが終わった直後、喉に違和感を感じ、嫌な予感がしたので早めのパブロンを決めて寝た。金曜日に起きたら喉がめちゃくちゃ痛くて泣いた。絶対に1日で治さないといけなかったから、山梨県人会のほうとうシフトもキャンセルし、ハイエース借りる係も代わってもらって1日中寝た。今までの人生で1番本気で風邪治しにいった日だった。
当日朝、特別なことはしてないけど、路面がぬれていたのでバイクは実走して空気圧を調整した。これめっちゃ良かった。


3. レース展開
Swim
左から、真依さん、瑛未ちゃん、甲斐さいかちゃん、さくゆい、樋口桃さんという並びだった。スタートして、さいかちゃんに着いてくぞーと思って、今回は強い心で最初の10秒くらいは着いていったけど、その後沈められて撃沈した。イメトレしてなくて緊張しすぎるから頑張れないという考察のもと、今回はイメトレいっぱいして、緊張もほとんどしていなかったけど、バトルのことはあまり考えていなかった。バトルに勝つってどうすればいいのだろう。沈められてしまったら終わりじゃないのか、諦めずに浮き上がってめっちゃ頑張って戻るのか?そもそも沈められてなくても頑張って着いていってるのに、沈められて差をつけられたらその瞬間無理だと思ってしまう。そこのところどうなんですか?バトルが激しい男子選手のみなさん教えてください。
その後いつも通りみんなから離されていったけど、阿部さんからの「チャレンジャーなんだから自分に期待しすぎるな!」という言葉を思い出し、いつも通りだと思ったら落ち着いて泳げた。今回のメンバーは、スイムが自分より遅い人はバイクが強いので、自分がスイムで最後尾とかではない限り集団でちゃんとスピード上げて戦えると思っていたので、とりあえず油井あまねさんよりは前にいることだけを願って泳いだ。1周目終わりで前に真依さんを発見した。その前の集団とはかなり開いていたので、たぶん真依さんと一緒のパックになるだろうと思いながら真依さんを追いかけた。奥のブイを回って追いついて真依さんの右に並んだので、さくゆいだよーと挨拶するために一回だけ左呼吸をしておいた。右にいた正垣なりちゃんがまっすぐ進んでくれたので、帰りはあまりヘッドアップせずに正垣なりちゃんに沿って泳いだ。
今年のレースは自分がパックの先頭にいることがほとんどで、全然楽できなかったので、やっぱりもうちょっと最初抜け出してドラることできたら展開変わるよなーと思った。

トランジ
6人集団だった。T1は得意なので1番でバイク入りできた。

バイク
最初のカーブから怖くてスピードが出せなくて私だけ超減速していて、その後も90度カーブや180度カーブのたびにめっちゃ減速するから毎回立ち上がりで千切れた。ただ、立ち上がりで遅れてもその後絶対追いつけるという自信はあったので、焦らず毎回千切れて毎回追いかけた。後半は少しだけ慣れてきて、90度カーブではあまり減速せずに進めるようになった。毎回千切れていたので後ろにいるときが多かったけど、前まで追いついたときはちゃんと前に出て引いた。往路ではあまりカーブがないので奥に着くときは前に出られることが多かったけど、帰りは奥の180度カーブからの90度カーブ×3から始まるのがしんどくてきつかった。帰りの最後の方は、90度カーブ×3からの180度だったので、早い段階で前に出ていないと180度を前で回ることができず、後ろで回ることが多かった。また、自分は180度の前ですごく減速してしまうので、後ろの人に申し訳なくてあまり前で回る気にもなれなかった。
集団として特別速いという感覚はなかったけど、意外とたくさんのパックを回収できて驚いた。ずっと前で引いていた真依さんに感謝!すごいです!

ラン
ただの閾値走だった。限界を超えるほど自分を奮い立たせる理由がなくて、閾値で終えてしまった。普段から私より頑張っている高橋侑子さんはレースでも私より頑張って苦しい思いして走っているのに、なんで私はレースでも頑張ってないんでしょうか。応援に対して失礼だったと思う。申し訳ありませんでした。


4. 感想
日本選手権に出られたら、胸の高鳴りがとまらなくて、どの瞬間も感動でいっぱい!みたいな感じなのかと想像していました。実際に日本選手権に出てみると、想像していたより普通の大会で、自分にとっては関東選手権と変わりませんでした。インカレの方が100倍エモい。こんなことを言うと日本選手権目指す人のモチベが下がってしまうので、エモくなかった考察をします。奈々ちゃんによると曇っていたから、真依さんによると遅かったからだそうです。私は日本選手権に出る妄想を何度もしすぎたからだと思います。あまり日本選手権に期待しすぎずに出れば感動できると思います。ただ、応援は日本選手権が1番でした。いつも一緒に練習してくれてるみんなや、先輩方、他大の方々がたくさん応援してくれて、すごく嬉しかったです。応援グッズもいっぱい用意してもらえて本当に嬉しかったです。ありがとうございました。

今回のレースを自分が客観的に見ていたとすると、常に最後尾周辺をウロウロしているつまんないレースに見えました。ランでも誰かを越すこともなくただずっと走っているだけで、もうちょっと誰かと競い合って頑張ってた方が応援しがいがあったよなーと思います。東北大の2人が他の誰にも勝てなくて、部のレベルの低さを痛感し、恥ずかしくなりました。やっぱり部内だけで競わずもっと外を見ることが大切です。
入部したときから速い速いともてはやされていたスイムは、エリートレースでは下位争いだし、インカレでも半分より下になりかけています。今までどこかスイムを後回しにしていたところがあって、バイクやランに目を向けてしまっていました。ただ、今シーズンを通してスイム力が1番足りていないことを痛感しました。もっと早く気が付きたかったなあ。これからはスイム力向上を最優先に頑張ります。もっと上の展開でレースをしてみたいです。

「打倒岡本」は自分にとってとてもセンシティブな言葉で、自分以外から言われるのは実は結構ストレスでした。(めんどくさい性格でごめん。)でも自分の中では常に思っていて、本当は対等に戦える去年達成しておきたかったです。今年は暇なさくゆいと多忙な真依さんでは圧倒的にさくゆい有利だったので、その状況でも負けてるようじゃ一生勝てないという気持ちから、最低限今年は勝たないと話にならないと思っていました。予選、七ヶ浜、長良川と敗北を続けましたが、インカレと日本選手権は最後ラン勝負の展開になってなんとか勝てました。それは私の成長によるものではなく、真依さんのスイムの遅れによるものだったので、来年はお互いもっと上の位置で一緒になって、そこで戦えるようにしたいです。

この1年間を経験できて本当に良かったです。去年、日本選手権に出られなくて良かったし、今年七ヶ浜で日本選手権を決めなくて良かったです。悔しさも全て、いつかの成長のための糧となります。もっとスイムを頑張るべきだったとか、量より質を重視するべきだったとか、反省することはあるけれど、その反省は一度自分が必死に量をこなしてみて初めて得るものでした。やり方は正しくなかったかもしれないけど、必死でやってきたからこそ、この1年間に後悔は全くないし、苦しいときもジョグをして坂ダッシュした自分を心から尊敬し、愛おしく思います。「全盛期を更新したい」と思って始めたトライアスロンですが、この1年がこれまでの全盛期だったと思います。これからも更新し続けられるように頑張ります。


2455.Re: 2025日本選手権反省

名前:櫻井唯③    日付:2025/11/3(月) 1:58

5. 次の目標
① インカレ団体表彰台。来年は流経、同志社、順天堂が人足りないので大チャンスです。
② アジアカップ出場。16級取ります。
③ インカレ1stパック。その他エリートレースでも今より2個くらい上のパックに乗ります。


6. みんなに言いたいこと
① T1のコツ。基本的に阿部さんに教わったことをやるだけでめちゃくちゃ差を付けられます。ヘルメットにサングラスを刺しておくこと、ヘルメットに頭を突っ込みにいくことが特に重要です。
② 水泳を頑張りましょう。
③ 部練に行くことはとても価値のあることです。練習に行っているだけで、知らないうちに誰かの心の支えになっていたり、誰かのライバルになっていたりして、周りに良い影響を与えます。
④ 必死に頑張ると世界が変わります。苦しいこともたくさんあるけど、目標が達成してもしなくても、本気の努力の先でしか得られない感情や成長があります。頑張ったことを後悔することは絶対にありません。


7.最後に感謝表明
真依さん
真依さんのバイタリティーはすごすぎて震えます。何人いるんですか?忙しい中でも練習を続けているところは本当にすごいし、その姿を後輩たちに見せてくれてありがとうございます。トライアスロンでは常に真依さんを意識して、そのおかげで私は頑張れるし、強くなれます。しんどいときもいつも話を聞いてくれて助けてくれて、本当にありがとうございました。真依さんはライバルでありながらお母さんでした。

くまさん
同期がいなくて1人でいるとき、いつもくまさんが声をかけてくれました。相談にもたくさん乗ってくれて、くまさんのおかげでトライアスロン辞めずに続けることができました。本当にありがとうございました。今度銀のさら届けます。

奈々ちゃん
奈々ちゃんの前で涙を見せてしまうことが多かったけど、そのときはいつも寄り添ってくれて、後輩ながらお母さんかと錯覚していました。ポイント取れたときも1番に連絡くれて嬉しかったです。同期だけじゃなくて、2個上のおばさんの心配もしてくれて本当にすごいマネージャーだと思います。ありがとう。
今仕事量半端ないらしいので幹部のみんな助けてあげてください。

犬井さん
4月に犬井さんが「しんどくなったら一緒に一日中走り回ろう」と言ってくれて、それがその後ずっと自分のセーフティーネットになって耐えて来られました。本当にありがとうございました(泣)

後輩たち
たくさん一緒に練習してくれてありがとう。みんなが一緒にブリックしてくれたり、岩沼から帰ってくれたり、自主練付き合ってくれたりすることに、みんなの想像の500倍は喜んでいます。そのおかげで、まだあと2年続けようと思えました。さくさんは1人だと寂しいことがあるのでみんなのことを誘ったりするけど、みんなも練習相手がほしくて困っているときはさくさんを誘ってください。いつでも行きます。(相手になるかはわからない)

たなそうさん、澤村さん、丸さん、けいちく、ななみん、木村侑太郎、國井くん
私が刺激をもらっていた筆頭の方々です。1年前まで、みなさんが努力するところを見ると、自分がそこまで頑張れた経験がないことに劣等感を感じていました。みなさんのように色んなことを捧げて頑張る経験をしてみたいと思っていました。みなさんの努力を見て、思い出して、自分も頑張れた1年でした。本当にありがとうございました。みなさんの目標が1番に叶ってほしいと思っています。(ななみんの『真依さんさくさんをぶっ倒したい』だけは叶ってほしくないと思っています。)(真依さんはぶっ倒してもいいけどさくさんはダメです。)

同期
レースに出るといつも応援してくれてありがとう!日本選手権のきっかけの琵琶湖に連れて行ってくれてありがとう!青森もありがとう!応援グッズ歴代最強なのでは?と思う豪華さで感動。ありがとう!これからもよろしくお願いします!あと、インカレ出るなら直前以外もちゃんと練習しよう!

みなさま
これまで本当にありがとうございました!これからもどうぞよろしくお願いします!


2459.Re: 2025日本選手権反省

名前:岡本真依①    日付:2025/12/29(月) 1:9

投稿が大変遅くなってしまい申し訳ないです。
考えを整理してから投稿しようと思っていたら、遅くなりすぎてしまいました。

Result
Swim 22’28
Bike 1’01’34
Run 47’06
Total 2’12’53(47)/U23(37)

まずは、サポートしてくれたとも、ななちゃん、かえちゃんを始め、沢山の方々に本当に本当に感謝の気持ちで一杯です。色々書いたので何かヒントを得て、誰かの何かに繋がってくれればいいな~と思ってます。長々と書いてしまったので、暇な時に興味のあるとこだけ読んで下さい。

目次
1.レースまで
2.レース内容
3.感謝
4.知見
5.終わりに

1.レースまで
遡ること数年前。
先輩方が出場していた日本選手権はとにかくカッコ良かった。憧れはあったものの、完全に“雲の上”の舞台で目標だと口に出すのも恥ずかしかった。
しかしクオリファイポイントという制度が導入されたことで、「もしかしたら自分にもチャンスがあるかも」と思えるようになり、引退するつもりだったのに、僅かな期待を抱いて競技を続けたB4。去年、7月のU23でクオリファイを初めて獲得したが、まさかの失格。だがふわふわした目標だったのが、達成までの道筋がイメージできる目標へと変化した瞬間だった。そして最後の最後のチャンス、台風で延期された2024インカレ。そこでまさかの念願のクオリファイ獲得。日本選手権の出場がレース1週間前に決まるというギリギリ。嬉しさで一杯だったのを今でも覚えています。

嬉しさに溢れていた学部4年岡本真依さん。運を全て使い果たしてしまったのでしょうか。
日本選手権という大舞台でチェーン落ち&無限パック落とし結果LAP 。原因は、Bikeの整備をしておらず、部品が老朽化していたことだった。大会前は必ずメンテナンスにもっていくという教訓がこの日強烈に心に刻まれた。
ずっと憧れていた舞台に立てたことは本当に嬉しかったし、今でも人生の大きな思い出の一つです。ただ、完走できなかったけど。笑 でも振り返ると、その事実が競技を続ける原動力の一つだった。結果論ではあるが、去年出場して、完走できなくて良かった と今は思っている(ポジティブすぎんか)。そしてこんなにもモチベが高いoffシーズンは初めてだった。

・11~4月
陸ではRun中心に取り組み、週50km程の走行距離を維持していた。ある日ストラバで速い選手の練習を見漁っていた時、立命の選手達は週60〜80kmが当たり前で、インカレ前は80〜100km走っていることを知った。目的を考えずに練習するのは良くないし、人によって目標も必要な練習量も違うので、どこまでやるかはまた別の話になってくるが、「同じ大学生でそれくらい練習している人たちがゴロゴロいること。そして自分より速い人ですらこれだけ積んでいて本番でつぶれる時もあるということ。その上、自分はそこまで練習を積まずに、苦手と言っていること。週50km走って沢山走った、と満足していたこと。そして恐ろしいことに自分達はこの人達に勝とうとしていること。」と気づかされた瞬間だった。これを機に、週50kmも大したことないと思うようになった。人って周りの環境で基準を決めてしまう生き物なので、外の世界の上のレベルを知ることの大切さを実感した。
冬場のBikeは土日の単走と通学が中心。4月までは精神に負荷をかけたく無くて維持程度にやっていた。年間を通して気温30度以上・雨雪以外のときは青葉山への自転車通学を徹底した。
青葉山通学はおすすめです。メリットは感覚とパワーが落ちなくなること。そして知らない人から授業で「あの坂登ってますよね?」と声をかけられて知り合いが増えること(泣)。


・5月~7月
5月後半から就活を始めたものの、当時は何をどう進めればいいのかよく分からず、そこから将来に対する不安が募り、余裕が徐々になくなっていった。M1になって研究や授業に加えて、就活のことを考えすぎた結果、5月の認定は全く良い結果が出せなかった。swimはB2の時の記録、Runも厚底なのにかろうじでベスト更新、というレベルになってしまった。冬結構頑張ったのにな、。他の部活を見渡すと、先輩や就活団体との情報網がしっかりしていて、ラクロス部なんては1.2月から動き出し、余裕を持って就活を進めている人が多いのに、とんとらはそういう情報網が整っていないな、と感じた。いつ初めて、何をどう進めれば良いか、どれほど忙しくなるか分かっていれば、戦略が立てれる。だから自分は後輩にしっかり情報を届けたいと思った。そう思っていた矢先、今年からはいろいろな団体と協賛し、情報網が整ってきたのを見て、よかった。と思った。やりたいことをやる後悔の無い年にして欲しいから、どれに力を注ぐかは個人次第だけど、その選択肢と情報を事前に知っておくというのはとても大事だと感じた。ちょっと羨ましいな、と思いながら見てます。笑

自分はというと、就活の選コミに運良く合格したことで、トップ層のレベルを知り、自分の考えの甘さ・将来について適当に考えていたことに後ろめたさを感じ出した。全力で部活をやっているのと同じように、全力で将来について考えている人達と出会った。部活では「まいさんめっちゃ就活やってる」と言われていたけれど、そのコミュニティ内では全然やってなく、他人と比較してしまってそれが自分を焦らせていた。それでも、今まで会った事がないような刺激的な人たちと出会い、価値観も心構えも大きくレベルアップした期間だった。結果的に苦しくなってしまう期間もあったけど、自分はここに入れたことは全く後悔はしてない。レベルの高い環境に行ってみるほど、世界の大きさを知るし、こんな選択肢や生き方があったのかという発見が沢山あった。知れば知るほど自分の無知さや無力さに気づいた。
しかし、研究や授業、就活と考えることが増えるにつれ、確固たる目標があったとしても、トライアスロンについて考える時間が徐々に減っていった。これが最大の反省点。 スケジュールを詰め、練習そのものは確保していたものの、部活に全力で向き合えていた頃と同じ密度で取り組むことが難しかった。これまで継続してきた、練習前後のストレッチや陸上トレーニング、動画を用いた振り返り、そして睡眠時間など疲労回復に充てる時間が少しずつ削られていった。冬場には4年間で最も多くランを積んでいたにも関わらず、シーズン中にRunで思うような記録が出なかったのは、こうした細部への意識が不足していたことが原因だと感じている。そんな中、予想外にも7月の七ヶ浜で、日本選手権にブロック代表として出場できることが決まった。レースが続きすぎて(7月毎週レース)、さすがに限界を感じ、七ヶ浜への出場は迷っていた。でもあの瞬間は本当に出てよかったと思った。 やっとスタートラインに立てる。ここまで頑張ってきてよかった。そう思った。「来年は完走しろよ」と去年言ってくれた人たちには、感謝してもしきれない。あの言葉があったから、練習を継続できた。

8~9月
インターンとの両立に苦労した。就活の早期化が進み、夏インターン経由の選考比率が高まる中で、「参加しなければ」という焦りがあった。慣れない環境で頭と体を使い続けたり、睡眠時間が3時間、時には徹夜になることもあり、練習に十分な時間を充てられない日が続いた。今振り返れば、この期間はもっと部活に集中するという選択もあったと思う。ただ、就活で安心したくて、その判断ができなかったのが正直なところである。結果的に年内内定に繋がったという点では意味のある選択だった一方で、大事な夏の期間を仙台での練習に充てられなかったことについては、今も葛藤が残っている。免疫力の低下も重なり、インカレ直前には体調を崩し、結果として悔いの残るレースとなった。貴重な一枠を使わせていただいたことに対し、申し訳ない気持ちが残っている。

10月
日本選手権に向けて、特にバイクを強化した。正直に言えば、足掻いたという表現が近い。
スイムでは、大きな集団に乗れるかどうかがぎりぎりの位置にあり(今年のインカレや日本選手権では上手くいかなかった)、エリートレースの場合はバイク練の比重をどうするか悩むことが多かった。しかし、日本選手権ではバイクの影響が大きいため、バイク練に最も力を注ぐことができた。技術面では、昨年の日本選手権中に何かが解放され、ハイスピードでのコーナーリングに恐怖心が全くなくなったことが大きな成長ポイントだった。そのおかげで、自信を持ってレースに挑むことができた。

と、こんな感じで一年間を過ごしていた。振り返ると、何かを捨てなければいけなかったのかもしれない。部活、研究、就活、授業 もっと楽に両立できる方法はあったと思うが、気が済むまでやらないと満足できないめんどくさい性格が、余計に大変さを増していたのかなとも思う。後悔はしていないが、これが正解だったのかどうかは分からない。卒業する時には、少しは答えを見つけているかもしれない。正直言うと、私は1年前に誰かのこういう振り返りを読みたかった。そうすれば、もっと早く戦略を立て、早い段階で動けたのになと思う。需要があるかは分からないし、目を背けたい人もいるかもしれないが、誰かの参考になればと思い色々、書いてみた。


2460.Re: 2025日本選手権反省

名前:岡本真依②    日付:2025/12/29(月) 1:12

2.レース内容

Swim ~中途半端な泳力~
本当は、もう3つくらい上のパックで、小原ゆめちゃん、佐々木まこちゃん、甲斐さいかちゃんとSwimupしたかった。しかし、正直に言うと、いつもドられている層よりさらに強い選手も揃う日本選手権では、少し厳しいかなと思ってしまった。こうした思い込みは結果に影響しやすく、「絶対に千切れない」という自信をなくしてしまうので、考えない方がよかったのかもしれない(精神論だが)。スタートは左側。左に池野みのりさん、右に順天のひでみちゃん、さいかちゃん、さくゆいがいた。池野さんの日本選手権までのカウントダウンアカウントを見ていたので、隣に並べて嬉しかった。短距離走が得意なので浜ランスタートも得意で、スタート直後は前方であまりバトルせずに進めた。しかし、1stブイ以降、徐々に順位が落ち、1周目の終わりには集団から千切れてほぼ単泳の状態になった。その後、後ろの集団と合流してBikeに移ったほうが良いと考え、2周目は心拍を落とすことを意識し、さくゆいたちと合流した。

T1 ~ペナルティには気を付けた~
苦い思い出があるのでペナルティには気を付けつつT1をこなした。速さは正直微妙だった。前にさくゆいが既にいたので速いなと思った。ガーミンをつけなかったので、バイクのLogが取れなかったのが悲しかった。

Bike ~コーナー上手くなった~
去年の日本選手権のバイクがきつかった理由は主に3つある。
1つ目はメカトラで立ち上がりで踏めなかったこと、 2つ目はコーナーが下手すぎたこと、 3つ目はスイム後の高心拍状態でバイクが踏めなかったことだ。日本選手権は出てみて初めて分かるが、本当にバイクの技術が重要なレースだ。去年はバイク力も十分とは言えなかったが、それ以上に圧倒的に技術が不足していたため、異常なきつさを感じたのだと思う。今年良かったことは、コーナーが苦手から得意に変化したことだ。その甲斐あって、誰かの後ろで回ると減速されすぎて怖いと感じ、人の後ろでターンするのを避けたかったので、常に前にいるようにした。
正垣なりちゃんと自分はずっと回していたため足はきつかったが、ラップされるのだけは避けたかったので、「自分が回さなければ」という使命感で回した。しーちゃんと油井あまねさんと合流してからは、4人で回したり、後ろの人たちが前に出てくれたりして、うまくペースを作ることができた。特に油井あまねさんが鼓舞してくれたことで集団のペースが上がり、とても頼もしかった。
完走できることが分かった瞬間、レース中だったが「一年間頑張ってきてよかった、やっと解放される」という気持ちになった。去年一緒にラップされた正垣なりちゃんと同じパックで走れたことも嬉しかったし、大会後に油井あまねさんと正垣なりちゃんからインスタのフォローが来たのも、とても嬉しかった。

T2 ~ガーミンを付けた~
脚がやばいかもと思っていたが、完走できればなんでもいいと思っていた。

Run ~最後尾って悲しい~
楽しもうと思って走ったが、速くゴールにたどり着きたかった。途中、脚が攣ってしまい、「何でもいいからゴールしたい」という気持ちになった。とんとらの応援がたくさんあり、本当にありがたかった。ついにゴール。
完走できたことは嬉しかったが、全く勝負の舞台に立たせてもらえないことも実感した。しかし、去年は走れずにただ見ていた道を、今年は自分の足で走れたことには感慨深さを覚えた。遅くて段々周りの選手がいなくなっていったのは、少し…いや結構悲しかった。もう少し前で勝負できる実力が欲しかったなと思う。男子のレースが始まる中、最後まで応援してくださり、そしてゴールでハイタッチしてくれた皆さんには、感謝の気持ちで一杯です。
総括
スイムで出遅れてしまったものの、目標だった 完走 を達成できて満足している。
そして日本選手権は、「今年絶対に完走して終わらせる」という決意で、1年間挑んできました。それくらい強い意志がないと自分は甘えてしまうので。笑
レースを終えた今は、ただただ目標を達成できたこと、そしてお世話になった方々や約束を交わした人たちに“完走”という形で応えられたことにやり切った感情が強いです。
センシティブとさくゆいに言われてしまって触れるのが良くないかもしれませんが、今回はさくゆいに勝とうと思って練習やレースをしてきたわけではないので、なんかそこに悔しさをあんまり感じないのが正直なところです。ただ、東北大が下位を占めてしまったことはレベルの低さが露呈したようで、少し悔しい気持ちもある。しかし、とんとら女子が過去はインカレ完走で褒められていた段階から、日本選手権に出場して下位を意識できるレベルにまで成長したことは、自分には非常に大きな進歩だと思う。 あと一年ですが、さくゆいがいなければここまで来れなかったので、いい感じに切磋琢磨していきたいと思いました。日本選手権は今年で終わりにする、という決意でやってきたので、来年も出場を目指すかどうかはまだ分かりません。今はもういいかなというのが正直なところです。それでも、練習を再開して、また挑戦したいという気持ちが湧いてきたら、その時はもう一つ上のレベルで戦うことを目標にしたいと思っています。



4.感謝の気持ちの表明

ゆいさん
ゆいさんがとんとらに引き入れてくれたおかげで、今の自分があります。落とし書きを書いていると、結さんが新歓してくれていた時のことを思い出します。あの時、あの選択をして本当によかったと思います。日本選手権で活躍する姿、大舞台で活躍する姿を見せてくださり、ありがとうございました。いつか結さんのような選手になりたいとずっと思ってきました。結さんほどの実力はありませんが、同じ舞台に立てたこと、そしてゴールテープを切ることができたことを、とても嬉しく思います。東京でたくさんお会いできたのも、日本選手権を観に来て下さったのも嬉しかったです。ラスト一年、頑張ります!

さくゆい
さくゆいがいるからこそ「がんばろう」と思えるし、「まあいっか」とjogをサボろうとする瞬間も、「さくゆいならやるだろうな」と思って踏ん張ってきた自分がいます。そのストイックさや、考えすぎるくらい真剣な姿勢には、沢山刺激をもらってきました。本当に大きな存在です。一時期はどうなってしまうかと思うこともあったけど、立派な先輩に近づいたなあと、感心しています(笑)
細かいところまでしっかり詮索してストーカーしてくれるおかげで(褒めてる)、色々頼ってしまったことも多かったけど、本当に助かりました。あと一年、お互いに高め合っていけたら(私が復活せなあかん)嬉しいです。一緒に出場できて本当に嬉しかった!!来年もがんばろう。

37代
忙しい中、応援に来てくれたり、メッセージをくれたり、ありがとうございました。自分は37代の一員で、本当に良かったと思います。
37代の皆が同じように頑張っていて、目標に一直線でまっすぐな姿がとても素敵だと感じます。
特に、今年の康太のインカレには大きく刺激をもらいました。自分が他のことに悩んでつい言い訳しそうになる時でも、「だってインカレあるじゃん」とか「インカレは命をかけるんだ」と言ってくれる姿に、何度も心を部活に戻してもらいました。ラスト一年、皆でがんばりたいなと思います。

女の子たち
恵まれた環境にいるなと感じます。めきめきと実力を伸ばす後輩たちには、いつ越されるかとヒヤヒヤしながら刺激を受けています。そして、皆と一緒に競技できるのがあと1年しかないことがとても寂しいです。来年は自分もできる限り部活に参加するので、団体3位を取れるように頑張ろう!



全体
とんとらには本当に感謝の気持ちしかなく、ラスト一年はこれまでもらったものを、恩返しして終わりたいです。応援等々、本当にありがとうございました。あと1年、よろしくお願いします。

柴田さん
去年「再履期待、来年頑張れ」と声をかけていただいたのもあって、完走しなければ、と頑張ってこれました。自分は上を見ていないと成長できないタイプなので、柴田さんの存在は本当に大きかったです。去年、無事に引き継げて本当に良かったです。トライスーツを全部部室に置いていってて、本当にやらないんだ と思いました。今年日本選手権でてたらあつかったです。ありがとうございました!


ばっしーさん
しれっと「完走おめでとう」と送ってくれたのが嬉しかったので書いておきます。ばっしーさんには、B1で私が何も分かっていなかった頃にお世話になりました。インカレ団体戦が初めてかかった大会の前に、だいぶ助けていただきました。今思えば、性別の違う女子のB1の世話を、M2の速い男の先輩がインカレという大事な大会の前にしてくれたことに、感謝しかありません。本当にありがとうございました。4年たって、上級生がどう部に関わるかを考えたとき、自分の脳裏にはいつもばっしーさんの姿が浮かびます。本当にありがとうございました。


2461.Re: 2025日本選手権反省

名前:岡本真依③    日付:2025/12/29(月) 1:14

4.後輩に伝えたいこと
4年間競技をしてきて、少しずつ経験が積み上がってきたので、自分なりの知見をまとめておきます。

4-1.大事なこと
自分はトライアスロンで強くなる秘訣は、「練習を継続すること」だと思います。怪我やメンタルの不調など理由はいろいろありますが、継続できる人が最終的に強いと思いました。私は、B1の入部当初、新歓トラで同期女子4人中3位でした。その中で(今や他は誰も続けてないけど)日本選手権まで行けたのは、練習を継続していたからだと思います。上手く息抜きしながら、長い目で見ればずっと続けられたことが大きかったです。自分はけがをしたことが無いので、そっちのアドバイスはできませんが、メンタル面で練習を継続させるコツを挙げるなら、一つは、自分の弱さを受け入れることかなと思います。追い込みすぎると疲れてしまうので、妥協してよい場所と譲れない場所を線引きすることが大切だと思いました。無理する期間と息抜きする期間をバランスよく取り、自分の心を客観的に見ながらコントロールすることが大事だと思いました。
2つめは、継続している人の考え方を知ることです。私は、頑張り続けたい時に大迫傑さんの『走って悩んで見つけたこと』という本を読んでいます。スポーツ選手の考え方を知ることで、練習や取り組み方への意識が大きく変わり、自然と頑張れていました。暇があればぜひ読んでみてください。


4-2.外に目を向けること とんとらだけを見ない事
部内だけでなく、外の世界を見て学ぶことも大切だと思います。自分より強い選手がどんな練習をしているのか知ることで、自分の努力の基準や意識が変わります。たとえば、立命館や他大学の選手の週間走行距離や練習量を見てみただけでも、自分の取り組み方に大きな刺激になりました。自分自身、B2の時に立命館の認定記録会に一人で参加した経験が、トライアスロンに対する意識を大きく変えるきっかけになりました。36代が一人しかおらず、B1の冬には先輩がいない状況で部活動をしていた時、「部活動とは?」と迷っていた時期がありました。そんなとき、他の大学を見た経験が自分の意識を変えてくれるきっかけになりました。こうした経験は、なるべく早い段階でしておくと良いと思います。

4-3.まじで速くなった時
本当に速くなった時は、常にトライアスロンのことを考え、無我夢中で練習していた時期でした。賛否両論があると思いますが、遊びや飲み会にも行くのが後ろめたかったり、授業中やお風呂の中など、何をしている時でも競技のことを考えていました(学生の本分とは)。今思えばあの時期はやりすぎだったかもしれませんが、このくらい本気で取り組んだ時期が、自分にとって最も成長できた時期です。環境や価値観は変わりますし、競技に集中できる期間は限られているので、その時がきたら、その期間を最大限活かすことが大切だと思いました。


5.終わりに
皆さんのサポートや練習環境がなければ、ここまでたどり着くことはできませんでした。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。少し落ち着いたら、ぼちぼち練習に参加していく予定です。来年の目標は、インカレ女子団体3位を達成すること。ラスト一年に全力を尽くす覚悟はできていますので、温かく見守っていただけると嬉しいです。大学生活を振り返ると、この5年間でとんとらから本当に多くのことを学びました。自分の大学生活のほとんどがトライアスロンに染まっていたと感じます。最後の1年は、部への感謝の気持ちを行動で返す年にしたいと思います。
ありがとうございました。どうぞよろしくお願いいたします!

​遠征

2397.Re: 日本選手権&東京自走

名前:櫻井唯    日付:2025/10/25(土) 7:43

選手配車(岡本、石坂、野澤、櫻井、片岡)
奈々ちゃんの運転で川内出発しました!じんじん頑張れ!


2398.Re: 日本選手権&東京自走

名前:たわら    日付:2025/10/25(土) 7:49

俵野川佐藤日奥村仁パック
丸森のセブンで休憩してます。
じんとさんはもう辛そうです。
はっちーはじんとさんだけじゃなくはっちーも応援してほしいとのことです。


2399.Re: 日本選手権&東京自走

名前:あかり    日付:2025/10/25(土) 7:55

ハイエース2(選手:奥村仁、俵、野川、佐藤日、サポート:大隈、江里口)
第1チェックポイント(セブンイレブン丸森)出ました。
遠征では初寝坊です。猛省しました。朝起きた瞬間に夢であってくれと思いましたがしっかり現実でした。


2400.Re: 日本選手権&東京自走

名前:いとうしゅうすけ    日付:2025/10/25(土) 10:15

おはようございます

みなさん事故と怪我にはくれぐれも気をつけてください
明日お台場で会いましょう


2401.Re: 日本選手権&東京自走

名前:あかり    日付:2025/10/25(土) 10:25

全パック、ハイエース、第2チェックポイント(ゼブンイレブン福島蓬莱)を出発しました
だんだん曇りっぽくなって天気が怪しくなってきました…
自走が終わるまではもってくれ〜!!


2402.Re: 日本選手権&東京自走

名前:櫻井唯    日付:2025/10/25(土) 10:29

選手配車
真依さんの運転で上河内に着きました。
ちょうどしゅうすけおぢの話をしていました。
じんじん頑張れ!はっちー頑張れ!


2403.Re: 日本選手権&東京自走

名前:のざわ    日付:2025/10/25(土) 11:58

選手配車
ともさんの運転で蓮田を出発しました
那須抜けたら雨止みました
はっちーじんじん皆頑張れー!


2404.Re: 日本選手権&東京自走

名前:おくむら    日付:2025/10/25(土) 15:20

たくさん応援していただいたにも関わらずDNFした奥村です。実は昨日のエコーラインもDNFしました。これはもはやキャラな気がします。
ハイエース2はさっきお風呂入り終わって、これからお台場向かいます


2405.Re: 日本選手権&東京自走

名前:ちかもとまお    日付:2025/10/25(土) 16:52

ハイエース4
温泉に入って、いまから幸楽苑食べに行きます。
幸楽苑の目の前に丸亀製麺があって、夢のラーメン→うどんのはしご麺が実現しそうです。


2406.Re: 日本選手権&東京自走

名前:ケイチク    日付:2025/10/25(土) 17:25

ハイエース3
温泉を出て定食屋に行きます。
定食屋で低ショック療法ナンツッテ


2407.Re: 日本選手権&東京自走

名前:八郷華    日付:2025/10/25(土) 17:56

ハイエース1、銭湯を出ました。今からお台場へ向かいます。
パックの全員が無事に180キロ地点までゴールできてよかったです!


2408.Re: 日本選手権&東京自走

名前:ひびき    日付:2025/10/25(土) 18:33

ハイエース2
吉野家を食べ終えお台場に向かってます
文章では上手く説明できませんが、吉野家の戦略にまんまとハマり
損した気分になりました泣
すき焼き食べたかった...別に豚骨しょうゆ鍋も美味しかったもん!


2409.Re: 日本選手権&東京自走

名前:櫻井唯    日付:2025/10/25(土) 19:49

自走お疲れ様でした!

選手配車
やよい軒でご飯を食べて、そろそろ寝ます。
佳恵ちゃんは今から映画見るそうです。一緒に来てくれてありがとう!

競技説明会では高橋侑子さんの隣に座ることを目標にしていましたが、達成できませんでした。しかし、隣の隣の隣に北條さん、前に武中さん、隣にはなんとあの岡本さんという神席でしたので、かなり満足です。


2410.Re: 日本選手権&東京自走

名前:ふるこー    日付:2025/10/25(土) 20:27

ハイエース3羽生で小休憩挟んで出発しました!
ベッドで寝起き出来るって神ですね


2411.Re: 日本選手権&東京自走

名前:おくむら    日付:2025/10/25(土) 20:28

ハイエース2 蓮田を出ました
各々の骨折とか手術歴を話しました。皆痛々しいエピソードをもってました


2430.Re: 日本選手権&東京自走

名前:おくむら    日付:2025/10/26(日) 15:17

ハイエース2、お台場出ました〜
安全運転で帰ります


2431.Re: 日本選手権&東京自走

名前:木村侑太郎    日付:2025/10/26(日) 15:26

ハイエース4
(あゆさん、そうたさん、とおるさん、まおさん、まっきーさん、ひぐっちゃん、木村)
お台場を出発しました!
あゆさん首都高挑戦中です!


2432.Re: 日本選手権&東京自走

名前:かたおか    日付:2025/10/26(日) 15:37

選手配車
さくさんがどうしてもプラネタリウムが見たくて見たくてたまらないので日本科学未来館にやってきました。そしたら本日のプラネタリウムは満席で見れませんでした。仕方ないので焼肉に行きます。


2433.Re: 日本選手権&東京自走

名前:あかり    日付:2025/10/26(日) 16:50

ハイエース2、じんとさんの運転で佐野SA出発しました。
佐野SAには佐野らしいお土産があんまりありませんでした。
佐野がんばれ〜


2434.Re: 日本選手権&東京自走

名前:オクムラ    日付:2025/10/26(日) 17:12

ハイエース3佐野を出ました。トライアスロンは見るのはおもんないと思っていましたが、今日は面白かったです。社会人トライアスリートの背中はでかいですね。


2435.Re: 日本選手権&東京自走

名前:つばさ    日付:2025/10/26(日) 17:51

ハイエース2
黒磯で運転をあかりんと交代して出発しました
お腹のマグマがあったかくて寝そうですが頑張って起きます


2436.Re: 日本選手権&東京自走

名前:鈴木爽太    日付:2025/10/26(日) 18:24

ハイエース3

安積を出発しました!つかれた!


2437.Re: 日本選手権&東京自走

名前:八郷華    日付:2025/10/26(日) 18:27

常磐道を走っていることに誰も気づかなかったハイエース1です。

げんげんさんは「七瀬の下の名前なんだっけ」と必死に名前を思い出そうとして、最終的に「七瀬ひかるだ」などと言っていました。げんげんさんは他の人の名前も危ういので、七瀬傷つかないでね


2438.Re: 日本選手権&東京自走

名前:伊藤陽平    日付:2025/10/26(日) 18:43

真のハイエース3です。
那須塩原でご飯を食べ、出発しました。38代男子が多いからか、38代男子のクセ強エピソードで盛り上がってます


2439.Re: 日本選手権&東京自走

名前:岡本    日付:2025/10/26(日) 19:37

携帯の回線の関係で自分の携帯からは落としがけないですかなんとかならんでしょうか^_^
さくゆいの運転で蓮田を出ました
今日は応援ありがとうございました!!
今はななちゃんの膝枕のはなしをしてます


2440.Re: 日本選手権&東京自走

名前:植松奈央    日付:2025/10/26(日) 20:15

ハイエース1です。
先ほどならはというパーキングエリアでげんげんさんから國井さんにドライバーが変わりました。
げんげんさんは運転してる間無口でした。


2441.Re: 日本選手権&東京自走

名前:おおくま    日付:2025/10/26(日) 20:17

ハイエース2
仙台着いて長町の菜々家に向かってるところです
41代の皆さんへ、ひびきが同期会したいそうですヨ


2442.Re: 日本選手権&東京自走

名前:櫻井唯    日付:2025/10/26(日) 21:1

選手配車
真依さんの運転で上河内を出ました。
落とし書きの名前のおくむらとオクムラ、どっちがどっちかわかりにくいです!お互い譲らないところが良いと思います!


2443.Re: 日本選手権&東京自走

名前:ケイチク    日付:2025/10/26(日) 21:38

ハイエース3、川内到着して解散しました!


2444.Re: 日本選手権&東京自走

名前:ひびき    日付:2025/10/26(日) 21:51

ハイエース2
菜々家で夜ご飯を食べました。
私は初めての菜々家でしたが、この値段でよく経営破綻しないなと思いました。
Garminのbody battery機能によると私とジントさんは共にbody batteryが“5”でした。
ハイエースで8時間ぐっすり寝たはずが起床時はbody batteryが23しかありませんでした。車中泊サイコウ✌︎
さて、10月からダイエットを始めた私は練習後にGarminでパワーや速度よりも消費カロリーを重点的に見るようになりました。今回の自走では「2500kcal消費したから...」とコンビニで暴飲暴食を繰り返してしまいました。そのせいで出費も大変な額になり節約を決意しました。ダイエットと節約は相性バツグンです。ちょうど金曜日に家族が仙台に来て冷蔵庫をぱんぱんにしてくれたので11月は一回も食品の買い物をしないことを目標に生きていきます。
遠征お疲れさまでした!


2445.Re: 日本選手権&東京自走

名前:櫻井唯    日付:2025/10/27(月) 1:0

選手配車
みんなお家に帰りました。最後はみんな爆睡してる中、ともさんが仙台まで届けてくれました。さすがともさん!ありがとうございました!奈々ちゃんはこの配車唯一の初心者ドライバーだったにも関わらず、昨日と今日東京区間ほぼずっと運転してくれました。すごすぎー、ありがとうございました!真依さんは、理想の先輩になるための五ヶ条其の三「助手席でスマートに助手をすべし」をめちゃくちゃやってくれる理想の先輩でした!ありがとうございました!佳恵ちゃんは現金をいっぱい持っていて色んなところで立て替えてくれる用意周到なお姉さんでした!ありがとうございました!
みなさまお疲れ様でした。ありがとうございました!

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