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とんスポ

第173号:スプリングトライアスロン

2015 年 7月 21日 発行

 6月28日にみなと酒田トライアスロンおしんレースに出場しました。初レースの新歓トラ以来の試合で自身初のオリンピックディスタンスの試合になるはずでした。当日の朝海が荒れていたので残念ながらデュアスロンになってしまいました。七ヶ浜の前にオープンウォーターで1.5km泳ぐ経験をしておきたかったので残念でしたが陸種目だけなら同期の中で一位を狙えるかもしれないと上手く気持ちを切り替えて試合に臨むことができました。

2015 年 6月 6日 発行

 渡良瀬遊水地で行われたスプリングトライアスロン。
 渡良瀬は私にとってとても嫌な思い出のある場所でした。半年前のスプリント。あの日はやろうと思っていたことが全く出来ず、スイムで全てのエネルギーを使い果たし、バイクで潰れ、ランは足が動かない。そしてまったく楽しくない。
「あんな思いは二度としたくない。」
スプリングトライアスロンはまさにあの時のリベンジマッチでした。大失敗だったあの日の自分、渡良瀬でのあのトラウマ、そういったものから全ておさらばしたいと思っていました。

遊水地の濁って周りがよく見えない水を前にしてスタート前は身がすくみましたが、やるしかないと覚悟を決めて恐怖を打ち殺し泳ぎました。案の定なかなか周りを把握することは出来ませんでしたが、ブイはちゃんと近づいている。前よりも早く回れている。我ながら自分の進化を感じることができました。だがスイムアップは29分。思っていたより遅い。 「バイクで遅れを挽回しよう!」と思っていた矢先、1週目を終えた時点から何故か終始お腹が刺さるように痛い。腹痛でなかなか思うように回せない。バイクがダメでもランがある。とにかくこのダメージをランにまで引きずらないようにとにかく意識しました。しかし4週目になると限界にきた。お腹が痛くてDHバーが握れない。
「また同じパターンか・・。」
だけど私は「あの日」のリベンジをするためにここまできました。このまま終われない。ランは直前までの練習では一番調子が上がっていると感じていた種目でした。「ランこそは・・。」と思っていたら今度ばかりは身体が自分の期待に応えてくれました。どんどん前の選手を抜かすことができ、他の同期の多くがランで潰れたなか、自分はベストに近いパフォーマンスが出来たのでとても良かった。ホントはキロ4切りたかったけど・・。

さて、スプリントのリベンジは出来たかどうかと言うとまさに50:50でした。「無難な結果。」という言葉が似あい過ぎるレースでした。良い意味でも悪い意味でも。ランで挽回が出来たのは良かったけれど、自分の進化は随所で感じられたけれど、やはり何か物足りなかったです。バイクだってホントはもっと出来たはずだったのに・・。それでも次へのステップを踏むための課題は浮き彫りになったし、今回こそはゴールした後の達成感や充実感を久しぶりに仲間と共有できたレースだったので非常に満足した遠征でした。

もう過去の埋め合わせはもうおしまい。これからは新たな結果を作れるように、今度こそは100%ベストな結果を残せるように、そう心に誓って練習により励んでいきたいです。
応援ありがとうございました。

文責:宗原 卓海

初めてのトライアスロン、おそらく一生記憶に残るであろう過酷なレースは群馬県渡良瀬遊水地で実施されたスプリングトライアスロンとなった。オフシーズンのトレーニングの成果もあってか不思議と完走できる自信はあった。とはいったものの初レースである、レースが始まる直前まで不安は拭いきれなかった。スイムは1500mを泳ぎ切ったことなんてせいぜい2,3回程度だし、オープンウォーターも初。バイクは記録会でも20kmまでしか走ったことがなかった。ランはスイム、バイクで疲弊した状態でどこまで自分の足が動いてくれるか、不安な要素は数え上げればキリがない。それでもやるしかない、そう自分に言い聞かせてレースに臨んだ。

プォーンという合図とともにレースが始まった、まずはスイムだ。スイムでは特にスタート直後に多くの人が入り混じるバトルが自分の中では難関であった。予想をはるかに超える混雑さで自分の泳ぎをすることはおろか、息継ぎすることさえままならなかった。パニック状態になってしまい呼吸も苦しくなり、正直ここでリタイアすることも頭に浮かんでしまっていた。しかしここでレース直前に先輩に言われたことがフラッシュバックする。「呼吸が苦しくなってきたら平泳ぎをして一回リラックスするといいよ」これだ、と思った。即座に平泳ぎして呼吸を整えることに全神経を注いだ。呼吸が整ったら自分でも驚くほどに妙にリラックスすることができて、そこからは自分の泳ぎを取り戻し順調に泳ぎ切ることができた。

一番心配していたスイムがなんとか終わり気持ちが楽になった状態でバイクに移った。バイクは10kmのコースを4周回するものであったため、1周目で少しペースを上げて、2,3周目ではペースを下げ力を温存、4周目でペースを上げてスパートをかけるといった戦略で臨んだ。速いスピードで前にいる選手をどんどん抜いていく感覚が気持ちの良いものであり、快感であった。だが、いつまでもその感覚が味わえるわけではなかった。1周目でペースを上げすぎて思ったよりもペースダウンしてしまい後ろの選手に抜かされだした。また、自分よりもずっと早い選手に周回差をつけられて抜かされたりと苦しい展開が続いた。ラストスパート、腰が痛みだしてドロップハンドルを握るのがつらくなってきたが、歯を食いしばりペースを上げてスパートをかけた。

いよいよ最後の種目、ランに突入する。一番自身のある種目であったが一番後悔の残る種目となってしまった。バイクで痛めた腰がランでも響いてしまい、足が思うほど前に進まなかった。いつものジョグのスピードよりも遅く一人、また一人と抜かされていきレースの中で一番過酷で辛く、苦しい瞬間だった。でも着実に一歩一歩前に進むことができた。その原動力はほかならぬ応援の力である。どんなに苦しくても声援を受けると、頑張ろうという気持ちが湧き上がってくる。レース終盤では応援だけが自分のエネルギーとなっていて、応援してくれているすべての人に対する感謝の気持ちでいっぱいだった。そしてついに長かったレースも終わりを迎える。ゴールした瞬間、今まで味わったことのないような達成感で満たされていた。その瞬間にはレースでの苦しかったことはすっかり頭から抜けていて、ただただレースを無事完走できた嬉しさでいっぱいだった。

先輩、同期、後輩のみなさん、アドバイス、運営、応援など、ありがとうございました。みなさんの力なしではこのような結果に至ることは出来なかったと思っています。みなさんのおかげで今回のような貴重な体験をさせていただくことができました。

文責:助川 貴洋

ランの最初から飛ばして行こうと思ってスタートしましたが途中でビビッてしまって温存してファーストランを終えて大好きな種目であるバイクへ移りました。バイクを終えてセカンドランに入って最初の5kmまではかなり余裕をもって目標のペース通り走れていたので『これは平原卓磨、衝撃の10kmデビューあるな!』と浮かれながら走っていました。後半に入って一気に脚が重くなって三周目の復路では力が入らなくなってしまいフラフラでした。運動していてこんなふうになるのは初めてでしたし、なぜそうなったのかはよくわかりませんが、多分、前日のカーボパーティで先輩方がせっせと炭水化物を摂っている中で自分は『なんで先輩たちこんなにから揚げ残してんだろ。いただきーーーーー』と炭水化物ほとんど摂らずに大好物のから揚げばかり食べていたからエネルギー切れになったのかなと思いました。

出場した一年は先輩に勝てた人はいなかったので先輩の強さを改めて感じた試合でした。また、前日の食事で炭水化物抜くのは二度としないようにしようと思いました。でもカーボパーティーのから揚げめっちゃおいしかったので来年も出たいです。運営、応援の方々本当にありがとうございました。

文責:平原 卓磨

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